私は、思ったよりも落ち着いていた。
 もっと興奮して狂ったように叫ぶ自分を想像していたから、なんだかつまらない。
 これからすることへの熱はとっくに冷めてしまっていた。
 所詮こんなものか、と自嘲気味に笑う。
 まあ、それでも良い。
 私が彼方を××したら、どんな反応を返してくれるのかしら。
 怒るの? 逃げるの? ああ、それとも私を××すの?
 くすくすと静かな笑いがこみ上げてくる。
 想像だけでここまで楽しめるのだもの、真実はきっとこれ以上に楽しいわ。
 狂い叫びはしなかったけれど、これはこれで興奮している。
 忍び笑いをしながら、長い廊下を歩く。そしてひとつの扉の前で立ち止まった。
 コンコンと、軽やかに扉を叩く。
「誰だい」
 誰何の声が聞こえてきたのは直ぐだった。
「私よ」
 あくまでいつも通りに答える。
「君か。待ってくれ、今開けるよ」
 足音がこちらに近づいてくるのがわかった。
 ガチャリと扉が開かれる。困ったように笑いながら彼方が口を開いた。
「どうしたんだい、こんな夜中に」
「ええ、ちょっと」
 唇に、これ以上ないというくらい艶やかな微笑みを刻んで、縋るようにして抱きつく。
 そして背中に彼方の腕が回る前に、
「彼方を殺しに来たの」
 トスリ、と静かな音を立ててナイフを突き刺した。
 少しずつ力を込めて、右手を沈めていく。
 それからゆっくりと顔を上げて、上目遣いで猫のように笑う。
「どう?」
 さあ、怒るの、逃げるの、私を殺すの?
「私に殺される、感想は」
 少し手首を捻って更にナイフを沈ませる。
 急所はちゃんと外してある。直ぐに死んでしまっては意味がないもの。
 俯いて密やかに笑う。さあ、どれ?
「そう、だね………」
 いつもと変わらない、でも少し搾り出すような声が聞こえた。
 驚いて顔を上げる。ぽたりと落ちた雫が視界を掠めた。
 彼方は怒ってもいなかったし、逃げようとしてもいなかった。私を殺そうとしてもいなかった。
「ごめんよ」
 ただ一筋の涙を頬に伝わせて、
「君を救えなくて」
 微かに悔いたような眼差しで、
「――愛してるよ」
 彼方は透明に微笑んだ。

 全ての予想が外れて、彼方がその場に崩れ落ちて、私はその場に立ち尽くして。
 ただ分かったのは、彼は私の全てを知った上で愛していてくれたという ひとつの真実。
 そして、彼方を一緒に生きる道を見出せなかった 私の愚かさ。

 確かに、私は彼方を愛しているのに。










全てを失って
真実を知った日

乾いた音を立てて、ナイフが床に転がった。
「お人形さんと紅い靴」に続き、ここでもまさかの殺人者ヒロイン(笑 何でだ……。何でなんだろうか。   08/09/06  Thank you.