(これ、オチが微妙にグロいので注意です!)





私は困っていました。とても。
「どうしよう……」
また、壊してしまいました。彼が最近気に入っていたお人形さんを。
「……ああ、」
つい手が滑ってしまったのです。
これはこれに見つかる前に、片付けなければ、いけませんね。
私は、足を包む白い靴の中で指を動かしました。






[ お人形さんと紅い靴 ]
今まで何でも許してくれた彼ですが、今回は許してくれるかどうか分かりません。 これまでのお人形さんの中でも、一番気に入っていたようですから。 私は静かに、無残にも砕け散ったお人形さんを見下ろします。 片付けましょう、と頭で考えるものの、しゃがみこんで破片を拾う気にはなりませんでした。 お人形さんから少し離れた位置に、私はただ突っ立っています。 彼が帰ってくる時間が、刻々と迫ってきています。 私は考えます。 「……あなたが、悪いの」 そう、このお人形さんが悪いのです。私から彼を盗ろうとした、この子が悪いのです。 この状況を創り出したのが私だとしても、悪いのは私ではありません。 しかし、いくら私が悪くないといっても、コレを片付けられるのは私だけです。 今この空間で生きているのは私だけですから。 彼が帰ってきたときに、少しでも跡が残っていると不審に思われてしまいます。 もしかしたら、嫌われてしまうかもしれません。それは、絶対に嫌です。 仕方ナシに、私はゆっくりとしゃがみました。早く終わらせてしまいましょう。 集めようと破片に手を触れたとたん、痛みもなく指先が朱に染まりました。 「……あ」 私は、じっとその紅色を見つめます。しばらく見つめていると、 ちりりん。 玄関についている鐘の音が聞こえました。 私は焦りました。 彼が、帰ってきてしまったのです。 まだ片付け終わっていないのに……どうすればいいのでしょう。 私はただ固まっていました。何をするべきか、考え付かなかったのです。 とんとんと階段を上がる音が聞こえます。 そして、きぃ、と軋みをたてて扉が開き、彼の姿が目に飛び込んできました。 私は咄嗟に、お人形さんを彼の視界から隠すようにして立ち上がりました。 彼が微笑みます。 「ただいま」 私も微笑み返します。上手く笑えていたかはわかりませんが。 「おかえりなさい」 ふと部屋の中に視線を巡らせた彼は、私の後ろでそれを停めました。 綺麗な瞳が細められます。 対照的に、私はさあっと青ざめました。 初めから、隠しとおせるとは思ってはいませんでしたが。 ――見つか、って、しまった。 「それ、どうしたんだい?」 彼はいつもと変わらない調子で私に問いかけます。 真っ直ぐに彼を見ることが出来ず、私は少し目線を下げました。 「あの、あの……っ」 その子が悪いのです。私からあなたを盗ろうとするから。 だから思わず、やってしまったのです。 たくさんの想いと言葉がぐるぐると周り、私は意味が分からなくなってきました。 何も出てきません。 「あのっ」 「………また、壊してしまったんだね。君は」 彼は、ゆっくりと私に歩み寄ってきました。 優しい声が、逆に私の不安を掻き立てます。 「しょうがない子だな、全く」 彼の手が私に伸びてきます。私はぎゅっと目を瞑りました。 そして次の瞬間、ふわりと抱き上げられました。 「え、あのっ」 驚いて彼を見つめます。彼は優しい笑顔で言いました。 「僕が君を嫌うとでも思ったのかい?」 「えっ」 すうっと私の中にあったもやもやが薄れていきます。 そんな私の心の中までも、彼は見透かしているようでした。 「嫌うわけがないじゃないか。だってこんなにも、」 ――僕は君に愛されているのに。 「君が僕を想って起こした行動なら、僕は君を嫌いにはならないよ」 「……はい」 彼の言葉は不思議です。冷たかった心が、暖かくなってくるのがわかりました。 私は嬉しくなって、彼の首に腕を回して身体を寄せました。 私の背中に回された大きな手が、何処までも私を満たしてくれます。 「これのことは気にしなくていいよ。そろそろ、処分しようと思っていたんだ」 彼は足元に子とがる、お人形さんの残骸のことを言っているようです。 「僕が、こんな魅せる事しか脳がないモノに本気になるとでも思ったのかい?」 私は図星を指されて言葉に詰まりました。 「本当に分かりやすいな、君は。ここまで僕のことを想ってくれている君より、大切なものなんてないよ」 甘い囁き。心地よく響く、彼の声。 「逆に捨てる手間が省けてよかった、感謝してる」 きっと今彼は、私の大好きな満足そうな笑みを浮かべているのでしょう。 私も自然と笑顔になりました。 「お役に立てて、嬉しいです」 「では、そろそろ夕食にしようか。それのことは放って置いていいよ」 「はい」 ゆっくり私を降ろすと、彼はコートと帽子をかけに玄関に戻ってゆきました。 身だしなみに気を使う彼が、今日は、外から帰ってきたそのままの格好で一番に私へ逢いに来てくれた。 その事実がたまらなく幸せでした。 「ふふふっ」 私は先ほどと全く違った気持ちで、お人形さんに目を向けました。 お人形さんは先ほどから全く変わらない表情で私を見上げています。 最も、お人形さんの時は既に止まっているので、当たり前といえば当たり前ですが。 あまり気にしていなかった、つうんとした鉄の匂いが鼻を掠めていきました。 「あなた、もうお役御免みたいですよ」 可愛らしく小首を傾げて言ってみます。まあ、どうせもう認識できないでしょうけれど。 放っておいてもいい、と言われましたが、私にはどうしてもやりたいことがありました。 とことことお人形さんの元へ歩いていきます。 確かな幸福感に満たされた私の足取りは軽く、途中で幾つかお人形さんの破片を踏んでしまいましたが特に気になりませんでした。 それがぐにゃりとした柔らかな感触を残して、潰れたのも視界に入りましたがどうでもいいことでした。 ただ少し気になったのは、折角彼がプレゼントしてくれたお気に入りの白い靴が、紅い水玉模様になってしまったことです。 最後の一歩を踏み出した時に、パシャリという水音が耳に届き、とうとう白い靴が真っ赤に染まってしまいました。 「あら……」 もったいないことをしてしまいましたね。でもこの際しょうがありません。 私が立っているのは紅い海の中心。私に着ている服は白地に紅の斑模様。履いている靴は真っ赤。破片に触れた手も真っ赤。 そしてきっと、私を抱き上げた彼の腕も真っ赤でしょう。 私はクスリと笑います。 「あなた、幸せだったでしょう? 彼に一時でも愛された夢を見て」 そう、全ては夢、幻なのです。 「あなたは運がいいわ。最期の姿を彼に見てもらえたのですもの」 この子はとても運がいい子でした。 今まで私が壊してしまった子たちは、彼が帰ってくる前に私が片付けましたから。 今回はあまりにもバラバラにしすぎてしまったので、少し片付ける気が失せてしまいましたが。 最期の姿を見てもらえずに、彼女たちはその命を散らしていきました。 「ふふ……でも、ごめんなさいね」 喉の奥でくつくつと嗤いながら、私は足を振り上げました。 ほとんど原型のない彼女の、恐怖に強張る、それはそれは美しかった顔が文字通りに浮かぶ紅い海を目掛けて。 「彼の手で幸せになるのは、私一人だけでいいのよ」 私がうっかり手を滑らせてしまった時に握っていた斧のすぐ横で、びちゃりと紅が飛び散りました。
こんにちはー。悲しいかな、なんかもう久しぶりって言う挨拶が定着してる。 今年に入って初めての小説更新が2月半ばってどうよ(あ いやーナチュラルにグロイですね。いやグロイのにナチュラルって変ですけど。 女の子の敬語キャラ初挑戦ですー。しかも独白! 最期のオチまで展開を引っ張るの、頑張りました。 だんだん後半になるにつれて、”お人形さん”の指し方が変わって来てるんですよ。 まあ夜って悲観的な考えしかできない、って某ゲームのヒロインが言ってましたけど。 それに例外なく当てはまる自分でした。   08/02/16  Thank you for reading.