ぎし、と軋みながら扉が開かれる。少女は中の暗さに眉をしかめた。
「何かありましたらお呼び下さい」
「ええ」
 扉の両脇に控える衛兵に軽く頷き、少女は足を踏み出した。
 辺りをきょろきょろと見渡しながら歩を進める。
 ――話には聞いていたけれど。
「酷いところね」
 いくら死刑確定の罪人しかいないからといって、これでは家畜の小屋と変わりない。
 ひとつ溜息をついたところで、バタンと扉が閉められた。完全に光が遮断される。
「暗い……」
 そう呟くと、少女は右手の手のひらにふっと息を吹きかけた。少女の決して大きくは無い手の上で、小さな炎が揺らめく。徐々に大きくなる炎に照らし出されるのは、暗く冷たい石の壁。掃除もされていないのか、ひどい有り様だ。
「もうすこし小さくても……」
 少女は顔を歪めて炎を見た。あまり力を使いすぎると、疲労が溜まってしまう。
 顔をしかめて炎を調節する少女。それに驚いたのは罪人たちの方だった。
 うめく罪人たちを無視して、奥へと進む。少女のブーツが鋭く床を打った。文字通り手のひらに炎を持って現れた少女を、ある者は恐ろしげに、ある者は顔を歪めて見送る。それでも一番多いのは、怯えるようにして牢の奥へと引っ込む者だった。
 何よ、と少女は拍子抜けした。死刑囚というからもっと恐ろしいものだと思っていたのに。これなら、それほど大変な仕事ではないのかもしれない。
「ふざけるなよ魔術師が」
 そう憎々しげに呟いた者の前を平然と通り過ぎて、少女は最奥まで進む。そうして足を止めた。訝しげな表情で、耳を澄ませる。
 何だろう。何かを引き摺るような音が、聞こえる。
 辺りを見渡して、少女はひとりの少年を見つけた。
 まだ十五歳前後だろうか。こんなところに、どうしてこんな少年が。一体何をしたのだろうか。否、そんなことよりも。
「なに、して……」
 少年の行為にぞくりと背筋が粟立つ。

 ずるずるずるずる――耳につくその音。

「いたいよいたいよいたいよいたいよ」
 呪文のようなそれ。虚ろな瞳。壁を引っ掻くその指の先は、磨り減って血が滲んでいる。最早爪は見当たらない。
 黒魔術に使う血文字のようなものが、薄汚い壁にべったりと張り付いていた。
 狂ってるのか――それを自覚する前に、自分が狂ってしまいそうだった。
 手のひらの炎がぶれる。いけない、安定させないと。
「いたい、いたいよいたいよ」
 ぎゅっと少女が目を瞑る。
 鈍い音、それから細い声。
 少女はばっとかぶりを振ると、焦点の合わない瞳を見つめた。
 それから口を開く、
「もしも」
 ふいに、声が聞こえた。ぴたりと少女が動きを止める。一拍おいて、勢いを失った身体が脱力した。
 緩慢な動作で声のした方向を向く。それから少女は目を見開いた。
「それを止めようとしてるなら、無駄だな」
 暗闇に昏く光る一対の赤。背中を丸めるようにして座っていたのは、一人の青年だった。
「……どうして?」
 少女はいつのまにか、その瞳に魅入っていた。

 なんて綺麗な、

「赫……」

 唇だけで、呟く。
 静かに交差する眼差し。
 青年がゆったりとした笑みを浮かべる。毒花が開くような微笑。少女はそこで、青年が端整な顔立ちをしていることに気が付いた。
「あんたが帝国の人間だからさ」
 愛を囁くような優しい声音で青年は告げる。
 少女は、不思議と怒りを感じなかった。
 すっと視線を彼の身体へと向ける。長い手足、それに合わない囚人服。牢獄へと入れられる際に、きちんとした寸法などとるはずもなく、罪人たちは皆奇妙な丈の服を着ていた。
 その質素を通り越してみすぼらしい服も、彼のはまだ新しいものだ。
「帝国? そうね、そうだわ」
 少女もまた、ゆるりと微笑む。未だ止まぬ少年の呟きを聞きながら。
「私は帝国の騎士。あなたは誰?」
「名乗るほどの者でも」
「何でもいいわ」
 青年は少し考え込むような素振りをした後、ふっと顔をあげた。
「……そうだね、死を待つだけの罪人ってとこかな」
「そう」
 我ながら良い自己紹介だ、と少女は思った。だからもう一度笑った。







瞳の赫
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※赫 アカ(赤の当て字みたいなものです)   09/07/28  Thank you for reading.