自身が生み出す風に髪が靡く。それほどまでに、城下町を歩く少女の足取りは荒かった。
地下牢を歩いたその足で、人々の間を縫って進む。鼻先を掠める清潔な匂いが、何だか懐かしく思えた。
しかし脳裏を掠めるのは一対の赤。
彼が隣の牢を見つめる、その瞳には羨望が映っていた。
――死ねば出られる。
声に出すのは躊躇ったらしいが、目は口ほどにものを言う。青年がそう思ったのはわかっていた。
外の世界が恋しくなる、その気持ちは分からなくも無い。ただ、罪を犯した上でなんと言おうと、それは許されない。
「ほんとに馬鹿ね……」
ひとりごとを呟いて、少女は、はたと足を止めた。
そういえば、と今更の様に首を傾げる。
彼が犯した罪とは一体何なのだろう。
駆けるように王城へと戻り、まず少女がしたことといえば、青年の名を知ることだった。
青年の名を知らなければ、人に聞くこともできないし、自力で罪状を探すことも不可能だ。
「私たち、そういえば名前を知らないわ」
自身は帝国の騎士、と名乗り、彼は罪人と名乗った。
まさかそれで探すわけにも行かない。
しかし、誰に聞こうにもわかるはずがない。というより、誰にどう聞けばいいのかすらわからない。
少女は溜息をついた。後はもう、彼に直接聞くという手しかない。しかし、それだけは避けたかった。
「もし聞いたとして、あの人が本当のことを言うかしら」
少女は肩を竦め、くるりと方向転換をした。そうなると、もう手は無い。
再び大きな溜息をついたその時、角を曲がろうとしていた人影とぶつかりそうになった。
「あら、失礼」
「おっと……これはしばらくぶりだね」
軽く礼をして立ち去ろうとしたが、その声を聞いて少女は思いとどまった。バッと顔を上げ、その男をじいっと見つめる。
親しげな微笑で軽く手を振るその男は、前の牢番だった騎士だ。
「……そうよ」
「何がだい?」
少女は、きょとんとこちらを見つめる男に、にっこりと満面の笑顔を浮かべ、
「教えて欲しいことがあるの」
可愛らしく小首を傾げてみせた。
現在書類仕事に就いている男は、ふたつ返事で是と言った。
前牢番としての評判を聞く限り、どんな軽い調子の男かと思ったら、案外まともなようだった。
この男なら、彼について知っているかもしれない。
「貴方が牢番をしている時、赤目の男がいたでしょう?」
「ああ、よく覚えているよ」
少女の問いに斜め上を見ながら、男は少しばかり目を細めた。
「私が牢番になってすぐに来た男でね、そう、名前は何て言ったかな……」
「その名前が知りたいの」
少し急いだ様子の少女に、男はうーんとしばらく唸っていたが、
「すまないね、思い出せないんだ」
と目を伏せた。
そうなの、と落胆した雰囲気で少女が肩を落とすと、男は慌てて付け足した。
「その、綺麗な顔をしていたのと、あとは罪状しか覚えてなくて」
少女はぱっと男を見つめた。
……まさか、名前を飛ばして行き成り罪状を知れるとは。
「罪状を覚えているの?」
「ああ。随分強烈だったからね」
思い出してか、今度は男が肩を竦める。
「随分と武術に優れた人物だったらしいが、まあ今は剣も取り上げられたし関係ないか」
「剣?」
剣、ということはやはり傷害だろうか。そういう意味で聞いた少女に、男はどこかずれた様子で頷いた。
「それがそうそうお目に掛かれない名剣でね。しかも誰が作り手か解からないんだ」
望んだ答えではなかったが、気になる情報ではある。
「他には?」
「ああ……騎士でもないし、それに国の端のほうにいたらしくてね。武術大会にも全く出場履歴がない。あんな奴がいるなんて、この国もまだまだ広いよ」
妙に神妙な顔で男は言った。
――あんな奴がいるなんて。
剣ひとつで、そこまでわかるものなのだろうか。
「どうしてそんなに強いって分かるの?」
「騎士の勘さ」と言ってから、男は悪戯っぽく笑った。
「……なんて言えたらいいだろうけど。罪状を聞けば自ずと分かるさ」
少女が先を促すと、男は笑みを痛ましそうなものに変えた。
「私は第二小隊に所属していたんだけど……その日も丁度牢番で。だから、こうしてここにいるんだ」
まさか、と心の中で呟く。小さく頭を振って、男は告げた。
その間際、ふっと少女は思った。
「騎士団第二小隊の壊滅、それと聖女候補の殺害だよ」
この先を自分は聞いていいのだろうか。聞いてもなお、今までどおりにできるだろうか、と。
軋む未来
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ゆっくりと でも確実に 何かが零れ落ちていく
09/10/18 Thank you for reading.