震える喉で叫んだからか、少女は軽く咳き込んだ。それが収まるのを待って、青年――カインは淡々と呟き始める。
「護ってやるって、約束したんだ」
少女は何も言わなかった。ただ、きゅっと唇を噛み締めていた。
護ってやる――なんて傲慢な言葉だろう。どこまでも倣岸で自分勝手で、自己満足。
カインは笑った。そう遠くない、昔の自分を嘲笑った。
「そんな力なんてないのに」
自身を制御し、冷静になって周りを見渡す力を、自分は持っていなかった。
「だから俺は傷つけてしまった……、『彼女』を――リアンを」
そうして淡々と吐き出した彼女の名前に、胸の奥が疼いた。
その痛みにほっとする。
『彼女』を忘れるということは、己の罪を忘れるということ。
だから『彼女』を忘れるということは、あってはならない。
――ああ、俺はまだリアンに縛られている。
『彼女』の名前を口にすると、少女は黙って俯いた。
「……あんたは、さっき俺のことを優しいって言ったけど」
そう切り出して、囚人の青年は苦々しく笑う。
「俺は優しくなんかないし、それはこの場所にいる人間全てに言えることだ」
少女が図星をつかれたというように視線を逸らした。それから、そっと鉄格子から手を離す。余程強く握り締めていたのか、その手のひらには錆がこびり付いていた。
「わかってただろ、あんたも」
どこか投げやりに、でもできるだけ目の前の少女を傷つけないように。
自分を優しいといってくれた少女を、諭す様に。
「……俺が犯した罪は死刑囚になるくらい、重いものだったってことぐらい」
「でも」
「でも、じゃないんだ」
少女が顔を上げた。
――視線が静かに交差する。
初めて少女が牢を訪れた、あの時の様に。
血より更に鮮やかな赤色が、昏く闇に光る。
「この瞳だって、最初からこうだったわけじゃない」
意味がわからない、というように目を見開く少女。猫の様に瞳を輝かせ、カインは自虐気味に微笑んだ。
「俺が殺したのは全部で四十九人」
びくりと薄い肩が揺れる。手を伸ばせば届きそうで、でも精一杯伸ばしてもあと拳ひとつ分のところで届かない。そんな距離にある少女を、カインは見つめた。
「その中にリアンもいる」
「……その、リアンさんは」
涙に濡れた声。
「聖女候補よね」
「そうだったらしい」
どこか曖昧な答えに、少女が眉を顰める。カインはおどけるように肩を竦めた。そして、低く呟く。
「知らなかったんだ、誰も。リアンが特別な存在だなんて」
――罪人の青年の瞳が、赤く染まるまで。
罪の枷
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それこそ 死に逝くその瞬間まで
10/03/24 Thank you for reading.