暗闇の中に、光を見つけた。
小さく座り込んだ一人の少女。
光と言うには足りないかもしれないけれど、優しく金色が輝いていた。
「誰だ、お前」
その場、不相応な少女の少年は思わず問いかけた。
「……私?」
少女は顔を上げて不思議そうに小首を傾げた。
それから口元を歪めて、
「さあ、何だろうね」





生きる理由。
さあ、何だろうね。 質問に質問で返された少年は、少し面食らったような表情になった。 少女を見返す。口元の笑み。 どうやら、自分の出自を口にする気はないらしい。 少しの沈黙の後、 「どうして、ここに居る?」 少年は内容を変えて問いかけながら、少女を見た。 元は白かったであろうワンピースは、薄汚れた灰色となって少女に纏わりついている。 それから、長く伸ばされた金色の髪。 この暗闇の中の、唯一の光。 「……どうして、……そんなの」 そして、くすんだ緑色の瞳。 「生きたく、ないから」 少女はその虚ろな瞳でゆっくりと辺りを見回した。 とたん、意識していなかった鮮血の生臭さが鼻を掠める。少女は微かに顔を歪ませた。 視界いっぱいに広がる、紅い海。 そして、その惨劇をもたらした張本人――目の前の少年。 少年は、緑色の双眸が自分に移ったのを見て思った。 数日前まできちんと手入れされていたであろう肌、綺麗に伸ばされた髪。 この少女、本来ならこんな場所に脚を踏み入れずに生涯を終える人間だったのだ。 ……けれど、何かが少女を変えた。それ故に、こうして今、ここに居る。 「もう、いいの」 ふと、口調が変わったような気がした。 何があったのかは知らないし、わからない。少女の瞳にはもう光が映っていない。 否、光を拒んでいるようだった。自分自身が放つ光でさえ、見ようとしない。……綺麗、なのに。 「いいのよ」 少女は低く呟いた。 「だから、」 少年は、次の言葉を予測して瞳をすっと細める。 「殺してよ。その剣で」 少女の目は、少年が握る剣へと移る。鈍色をした刃物の先から滴る紅い血。 それを見て、少女が嬉しそうに小さく笑う。……この少年なら、 「後ろの人たちと同じように……ね」 私ができなかったことをやりとげてくれる。きっと。 しかし、少年は 「断る」 間髪入れずにそう言った。 「え、ど……どうして!?」 「どうしても、だ」 少女は大きな瞳を零れんばかりに見開いた。 「殺し屋……よね、貴方。この国で一番腕がいいって聞いたわ。なんで、お金なら払うわよ。いくらでも」 ああ、そうか。どうやら、この少女は自分を探してこんなところまで来たらしい。 「金の問題じゃない。気分が乗らない」 適当に素っ気無く告げると、 「そんな理由で……っ」 少女は目を伏せて唇を噛んだ。それを横目に見ながら、少年は剣に付いた血を振り落とした。 それが飛んで、ピッと少女の左頬に一筋の線が入る。 陶器のような白い肌に、紅がよく映えた。 「……ああ」 少年は何を思いついたのか、にやりと笑った。 少女は、少し警戒した様子で少年を訝しげに見た。 「………何」 短く吐き捨てられた言葉に、少年は更に笑みを深める。 それから剣を鞘に収めて、少し屈んでから小柄な少女の目線に合わせる。 「お前……俺に“殺して”ほしくて、ここまで来たんだろ?」 「………そうよ。だから、何」 「――殺してやる」 少年は、あっさりと先刻の言葉を覆した。 それに、少女は「は?」と声を漏らして絶句する。 ふいに――少年は左手を少女の頬に伸ばした。 少女がびくりと身を引く。しかし少年の方が少し早かった。 空いた右手で少女の華奢な腕を掴む。 「……っ」 一瞬の空白。 少年は柔らかな肌に優しく指を滑らせる。 それに不思議と安堵を感じ、さして抵抗もせずに、少女は先ほどより近くなった少年の顔を見つめた。 ……吸い込まれてしまいそうな、蒼い瞳。近くで見ると、結構整った顔立ちをしている。 「ただし、それは今じゃない」 少年はくいっと親指で起用に少女の頬の返り血をぬぐう。 少女はされるがままにじっとしていたが、少年の言葉に首を傾げる。 「それ……どういうこと?」 「今は、殺さない」 少年は手を離してすっと背筋を伸ばした。それを同じくして、影も長く伸びる。 ゆっくりと少女に瞳を向けた少年は、少女の反応を窺うようにして少しずつ手を差し出した。 「だから、」 少年は、すう、と吸い寄せられるように少年の瞳を見つめる。 「俺と来い」 翡翠と蒼穹の視線が交わる。 「え?」 「だから、俺と来いって」 「……あ」 「――生きろ」 この場所と、殺し屋の少年に、似つかないような言葉。 その言葉に少女は目を剥いた。ゆっくり、少年は手を降ろす。 「何故……!?」 「だから……殺してやるから、生きろ」 死ぬ、殺す、というい言葉。そして――生きる、という言葉。 正反対のそれ等は、遠いようでいていつも隣り合わせにある。 少女は震えた声で少年に問いかけた。 「……、死ぬ為に……生きろ、っていうの………?」 「そうだ」 少年は即答する。 少年は立ち上がったことで急に目線が高くなった少年を見上げた。 けれど、長めの前髪に隠れて表情が見えない。 「……俺も、似たようなものだ。俺といれば、そう遠くない未来にお前は死ねる」 「……そう」 「だから、一緒に来て――死ねばいい」 もう一度、少年は手を差し伸べる。 少女は、もう迷わなかった。 「それまでは、」 華奢な手をゆっくりと動かす。 「――死ぬ為に、生きろ」 音も立てず、静かに、手が重ねられた。 「そうね………」 何もかも失った少女。はじめから何も無い少年。 「わかったわ」 少女は、少年に微笑みかけた。それは、満面の笑みではなかった――けれど、とても綺麗で。 少年も小さく笑ってそれに応じる。 今まで動く術を知らなかった人形の微笑みによく似た、不器用でぎこちない、けれど、柔らかな笑み。 「――行くぞ」 少女は手を引かれながら、少年の殺し屋としての顔――その仮面に隠された素顔を垣間見たような気がした。 生きる。 何かの目的の為に生きなくてもいい。 けれど、人間は弱いから。 目的がないと生きられないから。 だから、「生きる」為に「生きて」いる。 でも、それは「生きる」為以外のことでもいい。 たとえその目的が「死ぬこと」「殺されること」だったとしても。 ――生きる理由としては、十分だ。
こんにちは。 改訂版アップロードしましたー! わお。丁度1年経ってますね。なんか凄い。 いや、なんか2人とも性格変わりましたね?(疑問系 特に少女の方。あの……うん、ツンデレ……? 少年はね、何ていうか腹黒……。 ……イメージ壊れたって言う人、すみませんでしたあ!! この作品は気に入っていたので、こうしてリメイクできて良かったです* 「夜の少年。」のほうも、お付き合いお願いします。   07/04/04 第1版アップロード   08/04/13 改定版アップロード        Thank you for reading.