僕は今でも考える。
 『当たり前の幸せ』に囲まれて、自分を見失っているような気がする、と。
「どうした?」
 彼が不思議そうに小首をかしげた。その仕草が妙にはまっていて、思わず感心してしまった。
「言えよ」
 顰められた眉、これは別に怒っているわけではなく。心配しているときの彼の表情だ。
 彼が生きているのとぴったり同じ時間を、僕も生きている。相手のことは手にとるように分かる――とつい最近まで思っていた。
 自分自身でも分からないことを、どうして相手が分かろうか。
 僕も馬鹿なことをした、と今になって思う。
 けれどあれが無ければ、僕たちは今もお互いにわだかまりを抱えたまま付き合っていかなければならない、ということになる。
 だから無駄じゃない。
 無駄なことなんて、何ひとつ無い。
「ううん」
 にこりと笑って告げる。
「ちょっと、考えごと」
 それでも納得しない彼に、僕は肩を竦めた。不器用な彼に向かって、僕は微笑む。
「あの時のことだよ」







Crossroads
<< 黒の空 空の蒼 / 序章 >> 昔のはなしをしようか。
  09/03/27  Thank you for reading.