ふわり、と優しく頬を撫でられた気がした。
「え…?」
と、次の瞬間、ぶわっと何かがぼくの髪を巻き上げた。うわあ、と声を上げて目をつむる。
「こんにちは、アオのぼうや」
くすくすという軽やかな笑い声が、耳のすぐ傍で聴こえた。
「君は……春風?」
浮かび上がってきた言葉を口にすると、春風はにこりと微笑んだ。
「そうよ。わたしは暖かな春の風。あなたはどうしたの?」
「わからないんだ。それを探すために、ぼくはこうして歩いているんだ」
「あらあら」
大変ね、と言いつつも笑いを含んだ声。少しむっとして言い返す。
「笑い事じゃないんだよ」
「あらあら」
少しも反省の色がない返事。ころころと軽やかに笑うその声に、不思議と苛立ちは感じなかった。
「ごめんなさいね、自分探しの旅をしている途中なのに」
ぼくはふと、その言葉に違和感を覚えた。
「自分探しの、旅……」
「あらあら?」
先ほどとは違った、きょとんとした声が返ってくる。
「違うのかしら?」
「そう……」
なのかな、と続くはずだった言葉は、ぴちちち、という鳴き声に遮られてしまった。辺りを見渡すと、小鳥たちが飛んできてぼくの周りで停まった。それから、歌うように言葉を紡いでいく。
「アオだよ、アオだよ」
「こんなところにいたんだね」
アオだアオだ、見つけた見つけた、と無邪気な声が僕を包む。
「あらあら」
春風が笑う。先ほどまでの会話を全て忘れてしまったかの様だった。
ぼくの周りを小鳥たちがぐるぐると回り始める。
「彼に知らせなきゃ」
「きっと喜ぶよ」
きゃっきゃっと小鳥たちは楽しそうに舞う。
彼? 喜ぶ?
「ちょ、ちょっと……」
ぐるぐるとした動きを見ていたら、だんだんと目が回ってきた。「彼って誰? 喜ぶってどういうこと?」と問い掛けようにも問い掛けられない。まずは回るのを止めてくれ、と声をかけようとすると、小鳥たちがふいにピタリと停止した。ぼくは心の中で小さくほっと息をついた。
しかし彼についてを聞く前に、
「アオ、アオ。はやく君の居場所を思い出して」
「彼が君を待ってる。泣いてるよ」
「僕たちにとっても君は大切な存在なんだ」
「早く彼に知らせなきゃ」
「それじゃあ待ってるよ。空で待ってるよ」
嵐の様に言葉を次々と投げかけ、
「え、ちょっ……」
結局ぼくが一言も喋らないうちに小鳥たちは飛んでいってしまった。
小さな後姿を見つめるぼくを、ふわりという優しい空気の流れが包んだ。
「う、わあっ」
驚いて声を上げたぼくを見て、春風は再び微笑んだ。
「あの小鳥たちにとっても、わたしにとっても、あなたは大切な存在なのよ」
「大切な存在……」
「そう」
小鳥たちに負けないくらい無邪気な笑い声。それから、ふと、からかうように付け足される。
「最も、あなたを一番想っているのは彼でしょうけど」
まただ。彼、という言葉にぼくの中の「ぼく」が反応する。
「彼って誰? みんな、ぼくのことを知っているの?」
叫ぶようにして問いかける。春風は、相変わらずの穏やかな声で答えた。
「そうよ、みんな知ってるわ。だから、思い出して――あなたは、この世界に色を与える者だから」
彼についての答えは残さずに、春風はするりと離れていった。
ぼくは、それをぼんやりと見送った。
色を与える者――。
タイヨウにも言われた「大切な存在」だという言葉。
それを聞いて、ぼくは嬉しさよりも戸惑いを覚えた。
だってぼくは、「ぼく」が「誰」なのかを知らない。
Who am I?
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ぼくはダレ?
08/12/14 Thank you for reading.